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条例について [私の考え【色々】]

都条例について、言及するわけではなくて、
あくまでそれらにたいする自分のスタンスについて。

・最終的には反省文でしかない
・ちゃんと理解出来てるわけでないので茫漠としているのはご容赦いただきたい

書いたの読み直すと、案の定というか…ひどいな自分の文章力…
なんとか1%ぐらいでも伝わると良いのですが。
あと本文同じなブログが1つだけ存在しますが多分私のブログなので見て見ぬ振りをしていただきたく。



話を始める前に、私の一応のスタンス。
条例には反対です。
でも、それはどんなに酷い作品も全て許容しますよ、ってことではなくて、清濁ひっくるめて守っていかないと、最終的に字書きも絵描きも全て統制され自由な表現が許されない世界になってしまいかねないと思うから。
ざっくり言うとこんな感じの考えです。っていうことを踏まえて以下。

目次:
■みんな知らない
■いわゆる「一般のひと」にわかってもらえないきもちわるさ
■わかりやすい位置にあるほうが規制しやすいと思うな
■せいじか嫌い
■自分の行動とか


■みんな知らない
今年の頭ぐらいから(もしかしたらその前から)話にのぼってきていて、とうとう今回可決されそうな条例。
ついったとかで読んで、今回こそ大変だなあと思う反面、ついったとかみくしとかインターネットのニュース程度でしか、情報が得られないのがうわーって思った。

それってつまり、いわゆるオタクみたいな、条例が直接関わってくる人達は、ネット上で繋がったり情報交換したりしてこれは大変な問題だ、立ち上がらなくては、みたいな話を出来るけど、いわゆる一般のひとは、そもそもそういう問題が起きてることすら知らないんだって。思って、わーって思った。
P/T/Aとかに、都のひとが直接えぐいのえろいの持っていって、こういう悪いのを規制するんですよ、って説明して、だから一部のP/T/A関係者の人とかは知ってるかもしれない。でも条例のことを知っていても、表現の自由そのものが侵される危険性があるってことを、どれだけの人が知っているのだろう。そして、都のひとは説明したのだろう。

個人的には、大多数の人が必ず見ていて、なおかつ表現の自由を最も守られるべき報道関係(TVとか新聞系)が、率先してこの件については報道して欲しかった。

でも、もしかしたら、と思う。
報道関係のひとですら、政治家の多くの人間がそうであるように、漫画やアニメを、規制すべきものとして捉えてはいないだろうか。自分のところの表現の自由には関係ないと思っていないだろうか。
そんな気がしてならない。


■いわゆる「一般のひと」にわかってもらえないきもちわるさ
私は、自分自身のことをオタクと思っていない。
漫画とかゲームとか好きだけど、あくまで「普通」の範囲だと自負している。アニメを年柄年中見ているわけでもないし、漫画の関連グッズを1から10までコンプしないと気が済まないってほどの収集家でもない。漫画の冊数は少ないわけではないけど、部屋に溢れかえっているわけでもない。

それでも、私を見て、家族は私のことを「オタク」と称する。

ワンピースですら、物語の感動や伏線の美しい張り方など、説明しても一笑に付される。いや、一笑されればいいほうで、大概は呆れ、そして「勉強しないで漫画ばっかり」、「漫画なんて」。話を聞いて貰うことも難しい、まして実際に読んで貰い、理解してもらうことなど、遠い夢物語のように思う。
(因みに、母は大学時代に漫画を読んでいるし、姉もそれなりに漫画・ゲームの収集をしている。それでも、彼女たちですら、趣味が漫画やらにある私のことを嘲笑する。)

都条例のこともそう。話をしようとしても、家族は特に関心・興味を持たない。それはきっと我が家だけではなく、他も同じだと思う。理解しようとしない。低俗なものと決めつける。どうやったら理解してもらえるのか、今の私にその手段は見当もつかない。


■わかりやすい位置にあるほうが規制しやすいと思うな
男の子は、勿論これは私のイメージだけど、公園の片隅に落ちているヤンジャンみたいな微エロを見ておおーって思い、中学高校ぐらいになったらちょっとませた同級生からエロ本かりておおーって思う。で、家族に隠れてこそこそ読んでるけど、押し入れの中とかベッドの下に隠すからあっさりばれる。

そんなイメージ。

だから、規制したところで、傍目にはそういうわかりやすい行為がなくなるかもしれないけど、結局どっかでエロ見たりしてて、でも規制があるからもっともっとわかりにくいところで見るようになって、アンダーグラウンドが広がるだけのような気もする。そんな、見つけにくいところでドロドロこそこそやってるより、ベッドの下にあってわかりやすいけど、本人が必死に隠そうとしてるからまぁ見て見ぬ振りしてやるか、ぐらいのほうが、いざってときに対処しやすいじゃん。


人間の三大欲求は食欲睡眠欲性欲。それを規制することで、何のメリットがあるんだろう。

食欲に置き換えてみたら、「今日の料理」みたいな番組とかレシピ本とか全部禁止にするってことじゃないの?
禁止されたところで、世界から料理が消えることはありえない。どっかでこっそり番組も本も作られる。
性欲だって、そういうことなんじゃないのかな。


■せいじか嫌い
ところで、今回の問題が話題になるにあたり、都の会議などの様子もそこかしこで中継されたり文字伝いに広まってます。

私、もとから国会の野次とか嫌いなんですけど。
今回の野次も、それはもう、読むに耐えなかった。

前述した、「一般のひとにわかってもらえない気持ち悪さ」がこれでもか、と露呈している。加えて、理解しないだけではなく、それを馬鹿にし、一方的に侮蔑する行為。理解してもらおうと対話を求めても、無駄だと言わんばかりに浴びせられる嘲笑、罵詈雑言、失笑。

聞けよ! って思った。正直。

でも、聞けない人が、いまのせいじかなんですね。
勿論、一部の人だけだってことは十分理解してます。
でも、集団って、一部の人が悪いことしてると、全体がそうなんじゃないかって印象来ますよね。

なんで野次とか許可されてるんだろう。
表現の自由はあるんだから(まだ)、文句があるなら正々堂々と意見として述べればいいじゃないか。自分の発言でないときに、好き勝手に言うだけ言ってそのときの発言者の発言時間を削ったり妨害する権利は、表現の自由にはないはずと思いますが、いかがですか。

「あなたが過去に書いた作品ですら、非難の対象にするのではなく、『私たちはあなたの作品ですら守りますよ』と言わなければ、私たちの行動は意味がない」
表現の自由をつぶそうとしているひとに対して、そのひとをも守る発言が出来るひとこそ、こういう話し合いの場に立って欲しいと思う。


■自分の行動とか
さて、ここまでつらつらと書いてきましたが。
実は、私は思っているだけで、何にも行動してない人です。

都民でないからということもありましたが、自分のことにいっぱいいっぱいということもありますが、そんなのは言い訳で、陳情書も出していないし、議事録や条文を精読することもしていません。

そんな身で、何か文句が言えるのか、と言われてしまえば、返す言葉もありません。

提起された問題を考えることは容易いけど、根拠を以て反論し、意見を表明することは、とてつもなく難しいことだと思います。皆の条例反対!に便乗しているだけと言われれば、やはり返す言葉がありません。

ただ、自分を慰めるとしたら、
少なくとも、提起された問題を受け止め、考えること自体が、活動になっているのではないか、と思うことでしょうか。「無知の知」ではないけど、今、私は、この問題を知っているし、考えている。誰かに訊かれたら、自分はこう思うと言うことが出来るし、限りなく難しいことだけれど一般の人に向かってだってこの問題点を説明し理解して貰う努力は出来るとおもう。

自分の…なんだろな、スタンスって言ってしまうと逃げになってしまうからあれだけど、自分は積極的に政治家や関係者に啓発活動とか陳情書とかやらないと思います。というか、やれないんです。
それは自分の反省というか、改善出来たらなと思うところではありますが、兎に角、

今回のこの記事を読んで、今までこの問題を知らなかった人が、少しでも問題があることを知り、そうして、行動出来る人は積極的に行動してほしいし、自分には難しいよという私みたいなひとは、また身近な人に問題を伝えていけばいいのではないかなと思います。


いまさら、遅いと思われるかもしれません。
私こういうの遅いので…としか言いようがないのですが。(遠い目)
ただ、諦めかけてる自分に向かって、まだ諦めるなよ、と言いたい意味でも、この記事を投稿しておきたいと思います。

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